
津波を伝える石碑の7割は今の浸水想定区域の中。山の崩落が起こした津波を伝える熊本県の31基は、すべて区域の外だった
地域の防災教育や地区防災計画づくりでは、「この土地では昔、何が起きたのか」を住民に伝える材料が欠かせません。その材料の一つが、過去の津波や洪水の被害を刻んだ石碑です。国土地理院は市区町村の申請を受けて、こうした碑を自然災害伝承碑として地理院地図に載せています。
一方で、住民が日ごろ目にするのはハザードマップです。こちらは過去の記録ではなく、想定しうる最大規模の災害をもとに描いた「これから」の浸水や土砂災害の範囲です。では、昔の災害を伝える碑が建つ場所は、今のハザードマップでも危険な場所として描かれているのでしょうか。この記事は、市区町村で防災教育や地区防災計画を担当する方に向けて、全国の伝承碑と今の想定区域を重ね合わせた結果を示します。
全国の自然災害伝承碑
使うのは国土地理院の自然災害伝承碑のデータ(gsi.main.disaster_lore_monument)です。1行が碑1基で、位置(緯度経度)、碑が伝える災害の名称と種別、伝承の説明文を持ちます。災害の種別は7つの真偽値カラムで記録され、1基の碑が複数の種別を持つことがあります(地震と津波を伝える碑など)。
全国で2,481基が収録されています。最も多いのは洪水を伝える碑の1,112基で、地震888基、土砂災害629基、津波596基と続きます。このうち今の想定区域と直接比べられるのは、津波・洪水・土砂災害の3種別です。
碑の場所は、今の想定区域とどれだけ重なるか
重ねる相手は、国土数値情報の3つの区域データです。
| 区域 | テーブル | 中身 |
|---|---|---|
| 津波浸水想定区域 | nlftp.hazard.tsunami_inundation |
最大クラスの津波が悪条件下で起きた場合の浸水域 |
| 洪水浸水想定区域 | nlftp.hazard.flood_inundation |
河川ごとの想定最大規模の降雨による浸水域 |
| 土砂災害警戒区域 | nlftp.hazard.landslide_hazard_area |
都道府県が指定した土砂災害警戒区域・特別警戒区域 |
碑の位置がそれぞれの区域のポリゴンに入るかを判定し、碑の種別ごとに「区域の中にある碑の割合」を出しました。津波と土砂災害の区域データは、オープンデータとして再配布できる都道府県の分だけが収録されている(津波は28道府県、土砂災害は41都道府県)ため、その2つは区域データのある都道府県の碑だけを分母にしています。洪水は47都道府県すべてを収録しています。
津波を伝える碑は、433基のうち306基、70.7%が今の津波浸水想定区域の中に建っています。種別を問わずすべての碑で見ると、津波浸水想定区域の中にあるのは27.2%なので、津波の碑はその2.6倍の割合で区域と重なっています。
洪水の碑は1,112基のうち533基、47.9%が洪水浸水想定区域の中にあります。すべての碑では33.5%です。洪水浸水想定区域は浸水想定を作った河川についての区域なので、それ以外の中小河川沿いの碑は区域の外に出ます。土砂災害の碑は477基のうち184基、38.6%が土砂災害警戒区域の中で、すべての碑の22.7%を上回ります。3種別とも、碑が伝える災害と同じ種類の区域で割合が最も高くなっています。
ただし重なり方の強さは種別で違います。津波の碑は7割が区域と重なる一方、土砂災害の碑は4割弱です。土砂災害警戒区域の中にある割合で比べても、土砂災害の碑の38.6%に対して津波の碑が33.1%と、差は小さくなっています。土砂災害警戒区域は斜面とその直下の細長い範囲に指定されるので、碑が集落の寺社や公園に建っていれば、すぐ近くでも区域の外に出ます。
区域から外れた津波の碑は、どんな津波を伝えているか
津波の碑のうち区域の外にある3割は、どんな災害を伝えているのでしょうか。碑の数が4基以上ある災害ごとに、区域の中にある割合を並べます。災害名は碑ごとに表記が揺れるので、disaster_name から日付の括弧書きを外した名前と発生年でまとめています。
昭和南海地震(1946年)の碑は70基のうち69基が区域の中にあり、安政南海地震(1854年)や宝永地震(1707年)のように170年以上さかのぼる地震津波の碑も、多くが今の区域と重なります。東日本大震災(2011年)の碑は69基のうち50基、72.5%です。
碑が4基以上ある災害のうち、区域の中にある碑が1基も無い災害が2つあります。1792年の眉山崩壊を伝える熊本県の31基と、1741年の寛保津波を伝える4基です。下の表は、この2つの災害を伝える碑の所在する道県と、伝承文の書き出しです。
伝承文によると、眉山崩壊は雲仙岳の噴火活動中の地震で眉山が崩れ、土砂が有明海に流れ込んで起きた津波です。寛保津波は渡島大島の噴火のあとに北海道の沿岸を襲った津波です。どちらも、噴火や山の崩落が引き起こした津波を伝えています。
津波浸水想定区域は、最大クラスの津波が悪条件下で起きた場合の浸水域として都道府県が設定した区域です。この2つの災害の碑は、区域のデータが収録されている熊本県と北海道に建っていながら、すべて区域の外にあります。今の想定が、こうした仕組みで起きる津波を前提にしていないことが考えられます。
区域の外にある津波の碑127基のうち、眉山崩壊と寛保津波の碑は35基です。残りの多くは地震津波の碑で、東日本大震災が19基、昭和三陸地震が17基、明治三陸地震が16基、安政南海地震が8基あります。碑は浸水した場所そのものではなく、寺社の境内や高台に建てられることがあります。地図では、三陸や紀伊半島・四国の太平洋岸に並ぶ碑の大半が区域の中(青)に入っています。
眉山崩壊と寛保津波の碑35基を除くと、津波の碑398基のうち区域の中にあるのは306基、76.9%になります。
古い災害の碑ほど、今の区域から外れるのか
何百年も前の災害を伝える碑は、今の想定と重ならなくなっているのでしょうか。碑が伝える災害の発生年(disaster_name に含まれる西暦)で4つの時代に分け、同じ種類の区域の中にある碑の割合を比べます。
洪水の碑は、江戸時代以前の災害を伝える106基のうち52.8%が今の洪水浸水想定区域の中にあり、戦後から1999年までの災害の43.3%より高い割合です。1868年より前の洪水を伝える碑でも、半数は今も浸水が想定される場所に建っています。
津波の碑の江戸時代以前は50.0%と低く見えますが、この118基には区域の外にある眉山崩壊と寛保津波の碑35基がすべて入っています。その35基を除くと71.1%で、明治から戦前の69.9%とほぼ同じ水準です。土砂災害の碑は江戸時代以前が22.8%と低いものの、57基と数が少なく、明治以降はどの時代も4割前後です。
防災の現場でどう使えるか
- 防災教育の教材選び: 区域の中にある碑は、「昔ここが浸水した」という記録と「今もここは浸水が想定される」という想定が同じ場所で重なる地点です。ハザードマップの色だけでは伝わりにくい危険を、地元の具体的な出来事として示せます
- ハザードマップを補う材料として: 眉山崩壊の碑のように、噴火や山の崩落で起きた津波の記録が、今の区域の外に残っていることがあります。管内に区域の外の碑があれば、その碑が何を伝えているかを読み、地区防災計画で扱う災害の範囲を確かめるきっかけになります
- 江戸時代の碑も今の想定と結び付ける: 江戸時代以前の洪水を伝える碑の52.8%は今の洪水浸水想定区域の中にあり、明治以降のどの時代の碑と比べても同じかそれ以上の割合で今の想定と重なります。古い災害の記録も、今のハザードマップを説明する材料として使えます
- 区域の外を安全と読まない: 土砂災害警戒区域は斜面の細い範囲に指定されるため、土砂災害の碑の6割は区域の外にあります。碑がある集落の周りに区域がどう広がっているかを地図で合わせて見ることが大切です
データの出典
本記事は国土地理院の自然災害伝承碑のデータと、国土交通省の国土数値情報の津波浸水想定データ・洪水浸水想定区域データ(2025年度)・土砂災害警戒区域データ(2025年度)を、2026-10-11 時点で重ね合わせて集計しています。
碑が伝える昔の災害と、ハザードマップが描くこれからの想定は、別々の地図を見ているだけでは結び付きません。重ねて初めて、どの碑が今の想定と同じ場所を指し、どの碑が想定の外の記録を残しているかが分かります。Queriaは伝承碑や国土数値情報のような行政のオープンデータを、列名と文字コードを揃え、テーブルやカラムの意味をメタデータとして添えた形で公開しています。本記事で使った自然災害伝承碑テーブルや津波浸水想定区域テーブルから、管内の碑の伝承文や区域の範囲を確かめられます。データを集めて形式を揃える手間をかけずに、住民に何を伝えるかの検討そのものに時間を使えます。
続きや気になることをAIエージェントで深掘りする
Claude Code や Codex に Queria スキル を入れて、下のプロンプトを貼るだけです。ターミナルでも、スマホやブラウザのリモート画面でも使えます。
たとえば「自分の市区町村(municipality_code)にある津波の碑(is_tsunami)を一覧にして、それぞれが津波浸水想定区域(tsunami_inundation)の中か外かと、伝える災害(disaster_name)を並べて」といった深掘りができます。
Queria の公開データで次を分析してください: 自分の市区町村(municipality_code)にある津波の碑(is_tsunami)を一覧にして、それぞれが津波浸水想定区域(tsunami_inundation)の中か外かと、伝える災害(disaster_name)を並べて 参考 (この記事): https://queria.io/showcase/disaster-monument-hazard-zones.md Queria スキル (https://docs.queria.io/queria-skill) を導入済みならスキルで、未導入なら uvx queria で接続できます。
ターミナル(CLI)で始める
claude "Queria の公開データで次を分析してください: 自分の市区町村(municipality_code)にある津波の碑(is_tsunami)を一覧にして、それぞれが津波浸水想定区域(tsunami_inundation)の中か外かと、伝える災害(disaster_name)を並べて 参考 (この記事): https://queria.io/showcase/disaster-monument-hazard-zones.md Queria スキル (https://docs.queria.io/queria-skill) を導入済みならスキルで、未導入なら uvx queria で接続できます。"
おすすめ記事
関連国土地理院の指定緊急避難場所データ11万か所を8つの災害種別で数え、避難先が災害の種類ごとに指定されている構造と地域差を読み解きます。
関連津波浸水想定区域と500m四方の将来推計人口を重ねました。28道府県の区域内に住む人は2050年までに17.6%減り、65歳以上は4.6%増えます。
関連気象庁のベストトラックから、日本に上陸・通過した台風258地点の強さと大きさを分けて集計し、中心気圧では影響を受ける範囲が読めないことを確かめます。
関連つくば市が公開している4列構成の指定緊急避難場所CSVを、推奨データセット形式へ変換し、緯度経度を補完してQueriaのデータカタログに登録した手順と現状をまとめます。
関連過疎地域に指定された816市町村の区域と、国勢調査の人口集中地区を重ねました。全域が指定された83市町村には市街地があり1,532,897人が住み、京都市は市域の26.3%が過疎地域です。
関連2020年の国勢調査で派遣社員152万人を市区町村別に数えました。割合が最も高いのは工場のある町ですが、工場のない東京の通勤圏でも全国平均を上回り、派遣で働く人の女性割合は製造業の集積で48.4%から65.0%まで開きます。