
人口10万人あたりの歯科診療所数で開業候補地を見極める ― 都道府県と市区町村の偏在マップ
歯科医院の新規開業や継承を検討するとき、最初に問われるのは「その地域に、自院が入る余地があるか」という需給バランスです。日本歯科医師会は適正な人口10万人あたり歯科医師数を50人前後としていますが、現実には地域ごとの差が大きく、出店候補地の評価は数字ベースで進める必要があります。
この記事では、e-Stat「社会・人口統計体系」の医療施設データから、都道府県と市区町村ごとの歯科診療所数を人口で割り戻し、開業候補地評価のたたき台として使える分布を確認します。
全国の歯科診療所と歯科医師の長期推移
最初に、ここで使うデータの素性を整理しておきます。e-Stat「社会・人口統計体系」の都道府県別データ(i_pref_health)には、医療提供体制に関する複数のカテゴリが収録されています。今回主に使うのは次の2つです。
| コード | 内容 |
|---|---|
| I5103 | 歯科診療所数(年次、1975年〜) |
| I6200 | 歯科医師数(隔年、1975年〜) |
歯科診療所数(I5103)と歯科医師数(I6200)は出典が異なります。前者は厚生労働省「医療施設調査」、後者は同省「医師・歯科医師・薬剤師統計」で、後者は西暦偶数年のみ実施されているため隔年データになります。
まず、全国の歯科診療所数と歯科医師数の長期推移を確認します。
歯科診療所数は1975年から増加を続け、2016年に約6.9万施設でピークを記録したあと、近年は微減ないし横ばいで推移しています。歯科医師数は2020年に約10.7万人でピークを記録し、2022年は約10.5万人に微減しました。
長期的には施設数の伸びが頭打ちになる一方で歯科医師数は増えてきたため、1施設あたりの歯科医師数は緩やかに上昇しています。新規開業よりも勤務医や継承を選ぶ歯科医師が増えていることを示唆します。市場全体としては「総量は飽和、内訳は流動的」というのが直近のトレンドです。
都道府県別の人口10万人あたり歯科診療所数(2022年)
ここからは2022年の最新断面を地域別に見ていきます。都道府県別の歯科診療所数を人口(A1101 推計人口)で割り戻し、47都道府県を上位10・中間27・下位10に分けて並べます。
最上位は東京都の76.2、次いで大阪府62.3、福岡県60.1と大都市圏が並びますが、4位以降には徳島県(59.9)、和歌山県(57.6)、長崎県(54.8)のような人口規模の小さい県も顔を出します。最下位の島根県は38.1で、東京都との差はおよそ2倍。歯科診療所の密度は単純な「大都市vs地方」では説明できず、需給バランスは県によって構造的に異なることが分かります。
同じデータを地図で確認する
ランキングだけだと地理的な広がりがつかみにくいため、同じ「人口10万人あたり歯科診療所数」を都道府県境界(nlftp.boundary.prefecture)に重ねて確認します。
濃色は東京都・大阪府・福岡県のような大都市圏に加え、徳島県や和歌山県、長崎県といった西日本の地方県にも分布しています。一方、北陸(富山・石川・福井)と東北の一部、青森・島根・沖縄が薄色側に集まり、近接する県でも密度が異なる地域が確認できます。
高齢化率と歯科診療所密度の関係
「高齢化が進むほど通院ニーズも増え、歯科診療所が多いのではないか」という仮説を、散布図で確認します。横軸に65歳以上人口比率(A1303 ÷ A1101)、縦軸に人口10万人あたり歯科診療所数を取りました。
予想に反して、高齢化率と歯科診療所密度のあいだに強い正の相関は見られません。むしろ高齢化率が比較的低い東京都・神奈川県・大阪府が高密度側に、高齢化率の高い秋田県・島根県・青森県は低密度側に位置します。歯科診療所の立地は、患者層よりも「歯科医師が住みたい・働きたい都市環境」によって決まる側面が強いとも読み取れます。
地方の高齢化エリアは、人口あたりの診療所数だけで見れば供給が薄いわけですが、可処分所得や交通インフラの制約から「数字どおりの空白」がそのまま商機につながるとは限りません。実際の出店判断では、診療圏調査と組み合わせて評価する必要があります。
市区町村レベルで見る開業候補地と成熟市場
最後に市区町村レベルへ降ります。市区町村別データ(i_municipal_health、a_municipal_population)から、住民基本台帳人口(A2101)が5万人以上の市区町村に絞り、2022年時点の人口10万人あたり歯科診療所数を抽出しました。商圏が成立する規模感に絞ることで、開業判断に使えるリストになります。
まず、密度が低い側10市区町村です。
石川県白山市が27.2と最も低く、静岡県袋井市(27.3)、沖縄県うるま市(27.9)、新潟県南魚沼市(29.2)、福井県坂井市(29.4)と続きます。いずれも人口は5万〜13万人規模で、自家用車前提の郊外型の生活圏が広がる市が多いのが特徴です。新興住宅地を抱える市町では、人口は十分でも歯科診療所の供給が追いついていないケースが見られ、開業候補地の一次スクリーニング対象になります。
逆に、密度が高い側10市区町村は次のとおりです。
東京都千代田区が499.4と突出しており、中央区(272.5)・港区(227.7)・渋谷区(176.7)も上位を占めます。いずれも住民基本台帳人口に対して昼間人口(オフィス勤務者や来街者)が大きく、住民数だけで密度を読むと過大に見える点に注意が必要です。大阪市中央区や名古屋市中区、神戸市中央区といった政令市の中心区も上位に並んでおり、商業集積エリアに歯科診療所が集まる傾向は全国共通です。開業可否の判断軸は住民人口・昼間人口・既存歯科医院との距離など、複数指標を組み合わせる必要があります。
このデータをどう業務に活かすか
- 一次スクリーニング: 候補エリアを絞り込む段階で、人口10万人あたり歯科診療所数が全国平均(およそ54)を下回る市区町村を抽出する
- 競合環境の把握: 既存医院では、自院のある市区町村と近隣市区町村の密度差を確認し、競合過密や潜在的なライバル流入リスクを評価する
- 採用エリアの検討: 歯科衛生士・歯科助手の採用難度は供給密度に連動する。密度の低いエリアでは募集人数あたりの応募が見込みやすい
- 自治体・歯科医師会との対話: 自治体の保健政策担当者にとっては、域内の供給密度と高齢化率・通院困難の地理的分布を重ねることで、訪問歯科や歯科健診の対象地域を絞り込む材料になる
数字はあくまで一次スクリーニング用の参考値です。実際の意思決定では、診療圏の徒歩・自動車到達圏分析、競合医院の専門性、ターゲット患者層の構成といった複合的な評価と組み合わせてください。
まとめ
- 全国の歯科診療所は2016年の約6.9万施設をピークに微減、歯科医師は2020年の約10.7万人をピークに直近は約10.5万人で推移
- 都道府県別の人口10万人あたり歯科診療所数は最高76.2(東京都)から最低38.1(島根県)まで、およそ2倍の差
- 高齢化率とのあいだに強い正の相関は見られず、密度は都市環境に強く規定される
- 市区町村レベルでは、人口5万人以上の都市にも密度の低いエリアが残っており、商圏分析と組み合わせれば開業候補地の一次スクリーニングに使える
Queriaなら、ここで使った都道府県別・市区町村別のテーブルをSQL1本で横断できます。自院や候補地のある市区町村に置き換えて、同じ手順で需給バランスを評価してみてください。